Colum


ここは合成ポケモンの技術がそれなりにあることを前提としています。
また、このコラムは"読む人がいない"ことも前提としています、"見やすさ"などを考慮していません。
そして重要なのは"ここにかいてあることが正解じゃない"ということ

※ くそつまらないです

リンクはご自由に


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著者 チキスケ





炎をかく

炎はギャロップなどのマネをすれば、なんとなくそれらしく見える
しかしギャロップのマネをするのではなく、炎について考える。

多くの人は"炎=赤"という概念を持っている。
"炎の色"というのは物質、温度によって様々である。
1つの炎でも温度に違いはあるので、1つの炎でも色はたくさん。

一般的に、
高 :青(ガスバーナー)
│ :黄
低 :赤 である。

炎のまわりの部分は空気(酸素)と接しているのでよく燃え、温度が高い =黄
炎の中心の部分は空気(酸素)と接していないので、温度が低い =赤

しかし空気と接している部分の光は弱いので目立たない。
逆に、炎の中は光が強いのでそちらの色が目立つ。
"炎=赤"という考えはそのためだろう。

しかし、"外側"と"内側"の色が混じった、"黄"+"赤"が炎である。
また、炎の光は強いほど白く見える。
つまり、
炎は 白・黄・赤の混じりあったものだ。

また、重要なことがもう1つ。
炎は1つにまとまってメラメラもえるのだ。
いろいろな方向に火が散っているものを見るが、炎ではない。
「バチバチといろいろな方向に飛び散る炎」を描くのなら、普通の炎と同じように描いてはいけない。



アンチエイリアス

アンチエイリアスとはギザギザ・ガタガタに見える部分(エイリアス)を消す(アンチ)こと。
いつ使うのか、そもそもポケモンドットにはアンチエイリアスはあまり使われない。
合成界では覚える必要がない技術である。
たまに覚えて自慢げに使う人がいますが、使うべき時に使わなければ意味がない。
むしろ、使うべき時じゃないのに使って作品を汚すパターンが多い。

さっきも言ったように、ポケモンドットにアンチエイリアスは使わない。
つまりポケモン風に作るなら、アンチエイリアスを使わずに表現することが大切。

ふつうのドット絵をやる人は別サイトで覚えてくださいな。



タイリング

ポケモンはたまにタイリングを使う。

ドット絵をかいていると「コレとコレの中間色がほしい」ということがある。
そういうときにタイル塗りを使えば、色数を増やさずにすむ。
ポケモン風に仕上げる場合、熟練者は色数制限(16色)のことも考えるので、
是非このタイル塗りを覚えておきたい。

漫画とかでトーンがはってあるとなんとなく影があるように見える。
それと同じで、トーンを使えば目の錯覚で濃い色を作れる。
トーンの密度が高いほど、色が濃くなっていく。
サンプル(白→黒のタイリング)




サイトをつくる

先に言いますがサイトを作る手順を説明するわけじゃないです。

「みんな作ってるから」「なんかかっこいいじゃん」
いろいろな志でサイトを作るわけですが、客が必ず来るとは限らない。

どこにでもあるコンテンツ、たとえば「雑談掲示板」
こういうのは新しくできたサイトでは人が来ない。
理由は”どこにでもあるから人が分散する”・”人の多い場所に人は集まる”

上記の理由から、どこにでもあるコンテンツを増やしたって人は来ない。(親交のある人はくるけど)

”じゃあコンテンツできないじゃん”というわけですが
人がたくさん着てから徐々に発展させていけばいい。

では人がたくさん来るサイトってどんなサイトだろうか
どこにもないコンテンツ、人が多い、的確な指摘がもらえる、有名人のサイト…

サイトをつくって間もなくは、人々にサイトの存在を知らせる必要がある。
そのためにはいろいろなサイトに訪問しなければならない。
ただし露骨な宣伝行為はあまりいい印象を与えないので逆に避けられるだろう。
掲示板の書き込みフォームには普通、アドレスを入力できる欄がある、それを活用する。
訪問の際には管理人である自分の人柄や技術をアピールすると効果的。
すごい技術をもった人のサイトは一度は訪れてみたいものである。

こうして人は来るわけですが、ずっと居てくれなきゃ意味がない。

合成サイトの接客の場といえば評価掲示板。
人の来る評価掲示板は、”人が多い”・”的確な指摘がもらえる”のが条件だろう。
できたばかりの評価掲示板ではもちろん”的確な指摘”での接客が重要である。
「修正点なしです〜」なんてキャピキャピしたコメントではいけないのだ。
そのためには自分自身のレベルをあげておく必要がある。

結論から言えばサイトに人を呼ぶには自分を磨く必要がある。
かといって人の多いサイトの管理人がすごい技術を持っているとは限らない。
たまたま、人の多いところに人が集まっただけということもある。

ちなみに私はサイトについて熱く語っているにもかかわらず長続きしない運営者でした。
飽きないことも重要



他の人に評価する

「他人のふりみて我がふり直せ」という言葉があるように
他の人の作品を評価することで、いいところは盗み、わるいところは気をつける。

これをすれば自然と技術は上がるのだ。

注意してほしいのは「完璧です!うまいです!修正点なしです!」という評価。
悪いところが見つからないのは、作者がすごいとして、
そのすごい作品の”いいところ”をピックアップしないで自分の力になるだろうか。
評価は常に自分のため、常にエゴイズムでいるべきだと思う。

たまに「自分より上手い人にコメントできない」という人がいるが
これもいいところをピックアップしたコメントをすればいい。

なお、私は性格がねじれているので、「評価をしない人には評価をしない」



オリジナルポケモンドット

オリジナルを作ろうとすると、多くの人が簡単なデザインから始める。
たとえば、まんまるに目がついてる、とか・・
それでは練習にならないので、凝ったデザインにするよう心がける。
「私はヘタだから」とか甘ちゃんな人は練習でも本番でもない、ラクガキであると私は思う。


ところで私は模様や装飾によるデザインがあまり好きではない。
たくさん模様があってオシャレなオリジナルポケモンも、模様をとると非常にさみしい。
しかし、アーボックなどの模様は、私の言う模様とは少し違う。
オリジナルポケモンに見られる模様は、デザインがさみしいのを隠すような模様であるが、
アーボックなどの模様は、模様自体がデザインであり個性である。

また、人もポケモンも目の印象というのは大きい。
オーバーにいえば、目がポケモンならそれはポケモンに見える。
(もちろん色の塗り方やデザインもポケモンらしいことが大前提であるが)

ということでポケモンの目をよく観察することが大事である。



ALLDという言葉

私はALLDという言葉を使うのに抵抗がある。
ALLD、つまりALL DOT(オールドット)、直訳で「全て点」

ドット絵というのは全て点でできた絵。
ポケモンのグラフィックも全て点でできているのでドット絵である。
そのポケモン(ドット絵)を合成してできた、合成ポケモンもやはりドット絵である。

ALLDというのは合成界では「1から全て作ったもの」を指す言葉であるが
直訳の「全て点」とは意味が大きく違っている。
「全て点でできた絵」のことを「ドット絵」とよんでいるのだから本来の意味を知る人からすれば違和感がある。

もちろんALLDという言葉は合成界でできた言葉なので普通は通じない。



人の話を聞く

これはとても大事。



どこにいけば技術があがるか

まず、技術を上げるには自分にそういう意志がなければいけない。
指摘をされたら直すべきだし、他の人に評価もしなければ技術はあがらない。

そういう意志があることを前提として、どこにいけばいいのか。

人が多い場所にいけば技術はあがるのだろうか。
そうとはいえない。
人の多い場所でたくさんコメントをもらっても、皆が「修正点なしです!」「完璧です!」
なんて言っていたら自分の力にならない、優越感に浸るだけ。

技術をあげたいのなら人の多さで選ぶのではなく、いい指摘をもらえるかで選ぶべき。
そこでボロクソ言われても、修正する人はグングン伸びていく。

ねじれた性格である私の場合、修正しない人は
「この人は評価を求めてるのに聞いてないな」と思い、次回からコメントが適当になる。

技術があがって、作品の完成度があがったら
人の多いサイトで「ウケのよさ」を確認する。



初心者と上級者の境

合成には「使いやすいポケモン」というものがある。
なおかつ「かっこいいパーツ」というものがある。

ストライク、ニドキング、ハッサム、リザードン・・1つ1つあげるのがめんどうであるが、
使いやすいし、かっこいいので多くの合成師がよく使う。

はたして使いやすくてかっこいいパーツでできた作品は上手いと言えるだろうか。
私はパーツに頼っているだけで、合成師自体の技術は評価できないと思う。

私はこのようなストライクなどのポケモンを「初心者用のポケモン」とよんでいる。
私が上級者と認める合成師はパーツに頼らず自分の技術やアイデアで勝負する人。

ポケモンは全部で500ぐらい(知らない)
全バージョン、それから後姿のグラフィックを入れればかなりの数になる。
それなのに使いやすい、同じポケモンばかり使っている合成師は私はあまり好まない。

という私も昔はパーツに頼っていた。



注意をする

注意をする、非常に正義感があってよいと思います。
しかし注意をするときは気をつけなければならない。

もちろん、相手を怒らせてはいけない。

自分が注意する前に、他の人が注意していたら・・
もしここで自分も注意したら、自分は1:1で話しているつもりでも、
相手からすれば1:2という状況になる。
このような状況は相手からすれば非常に負担が大きい。

たまに「悪いのは相手だからべつにいい」という考えの人がいるが
注意は相手をこらしめるためにあるのではないことを確認してほしい。
もしも自分のあとから注意してくる人がいたら、自分の記事は削除するのが親切。
「○○さん!私のあとから注意しないでください!」とか注意してはいけない(語らない優しさ)

また、ズバズバいうのもいけない。
さっき書いたように相手をこらしめるわけではない。
「べつにいいんだよ、今度から気をつければ」という優しさが大事。

それでも悪いことをする人がいたら・・(経験ではいないが)
無視!



ドット加工

ドット加工は高度な技術であるといえる。
それゆえに、ドット加工をマスターしていない人が使えば作品を汚すことになる。
しかし、今はドット加工は誰にでもできる技術だと思い
「原型がわかるのでドット加工したほうがいいと思います!」と指摘する人が多い。

私がドット加工が高度な技術だと思う理由は
ドット絵がかける、という前提があるのが1つ。
合成界のほとんどの人はドット絵をかけないので、高度な技術であろう。

もう1つ、ドット絵がかけてもポケモン風のドット絵がかけなければいけない。
ドット絵をかける人の中でも、ポケモン風のドット絵をかける人は少ない。

どんなにドット絵の上手い人でも、本家グラフィックと全く同じというのは不可能。
あくまで”ポケモン風”のレベルである。

にもかかわらず、ポケモン風はおろかドット絵もかけない人に「ドット加工」を勧めるのは些かおかしい。

私が「この人はドット絵がかける」と思った合成師は5人ぐらい。
自分で「かける」と思っていても実際には「かけない」人のが多い。



リアル化とグラデ化

リアル化やろうとしたらグラデ化になった、という人は多い。(自覚がない人も多い)

よく見られる失敗例が色にメリハリがないものである。
リアル化は色数を増やすわけだが、似たような色をたくさん作ると立体感がなくなり、平面にみえる。
立体感は色のメリハリで表現する。
色数は増やすが、似たような色を増やしても意味はない。

また、輪郭というものは実際には存在しない。
一番奥にある部分が濃い影になって、輪郭にみえるのだ。(光が前から当たっている場合)
つまりアウトラインに光があたっているのはおかしい、実際なら影が輪郭を作っているはずである。

そして、たまにリアル化にアンチエイリアスを使う人がいるのだが、アンチエイリアスをかけすぎて、ぼかす人がいる。
リアルにしなければいけないのにぼかすのは間違いである。

そして最後に

たとえばキングドラの体の模様、簡単に線で描かれているが、実際は違うだろう。
さっき書いたように、奥にある部分が影になってそうみえている。
そういった、ゲームでは簡単に描かれている部分もリアルに表現できればよい。

こういったことを無視して作るとリアル化ではなくグラデ化、もしくはリアル化もどきになる。



本物をみろ

影の塗り方がわからないとき、もしくはそれ以外でも、本物を見ることは大事である。(写真でかまわない)
炎をかくでも触れたように、先入観で描いてしまうと全然違うものになる。



荒らしって誰

「アク禁にします」などという言葉をよく見ます。
状況をみると、注意で済むようなことなのに・・

合成界には自分にとってジャマな存在は全て荒らしである、と思う人が少なくない。
荒らしとは秩序を乱す人を指す言葉であるが、ジャマものは消すという独裁者も変わりないだろう。

荒らすのにはそれなりの理由があるはず。
なにか不満があったのなら、その不満を聞いて改善していく。
こうやって不満が改善されて、サイトはどんどんよくなっていくのだと思う。

また、荒らしとは少し違った「無断転載者」
実を言うと私も1度、無断転載をしたことがある。(即刻バレて謝罪しました)
そんな私が無断転載をなぜやるのか、について語る。

無断転載をする人は、他の人に「すごい」と言われたいからだと思う。
また、無断転載に対する罪意識がまだ弱い。
だから無断転載をする人は、まだ技術的にも社会的にも未熟な人が多い。

だから先輩は無断転載についてちゃんと教えなければいけない。
その時に気をつけるのは、怒るのではなく「教える」ということ。

昔、私が無断転載をしたことを告白したら、私と同じように無断転載をした人が意外にも多かった。
合成界に入ったばかりの時は、無断転載をしてしまったという人は少なくない気がする。



完成度

完成度が高い というのは褒め言葉であるが、勘違いする人が多い。
完成度が高いからといって、技術がすごいわけではないのだ。

たとえば誰にでもできるグラデ化。
これは誰にでもできるので指摘のしようがない、よくいえば完璧だ。
しかしこれは技術がすごいわけではない、ただ修正点がないだけだ。

もちろん完成度は高いほうがいい、しかし
難しいことにチャレンジして、ボロクソ言われて、それで完成度をあげてほしい。



原型が残ってる

私は原型が残っているという言葉が好きではない。
最近の合成師はあたり前のように「原型が残ってます」という。
私にはそのセリフが昔からの伝統的なものであるように感じられる。

私はパーツの原型を崩すことなく、活かしている作品は非常に素晴らしいと思う。
それなのに「原型が残ってます」というレスをみると「折角の作品になんてことを」と思うのだ。

しかし私が「原型が残ってます」というコメントを許す時がある。
合成師の中には使いやすいニドキングやハッサムなどを好んで使う人がたくさんいる。
そういうポケモンの原型が残っていると「ありがちだな」と思う。
「ありがち合成」と思われないためは原型を崩したほうがいい。

それ以前に「ありがち合成」はしないでほしいのだが。



ソフト加工

まず最初に言いますが、合成界は2つ以上(※)あって、1つは滅び、今は2代目です。
昔からずっと同じ世界が続いてるわけじゃありません。
(※ 私の知ってる世界は2つ、知らない世界があるかもしれないので以上とつけました)

ソフト加工が使われるようになったのは2代目から。
私がいた時代ではソフト加工はひどく非難されていた。

現代ではソフト加工を「○○化」と名付けて、「店」というものを開いているが
昔の合成界は、「自分の力で作ったものではない、ソフトの力だ」「ソフトの技術を見てくれなんて門前払い」
といった考えだった。
なので、昔からいる人にとってはそのようなものは許しがたいもの。(もちろん私も許さない)

しかしソフト加工を実際に非難する人はもういない。
昔からいる人はそういう時代になったことをちゃんと受け止めている。

だから私が代表していう。
「合成だって芸術の分野、誰にもできないことを自分の力でやりましょう」



本質を見抜く

現代の合成師、合成師でなくても、これができる人は見ない。
私も自分が本質を見抜いているのかわからない。

たとえば、合成とは違うのだが
テストで50点だったA君とB君、A君はわかったところが全部正解、B君はミスをたくさんして減点。
ここまで説明すればB君ができる子だとわかる。(わからないと間違いはノットイコール)
しかし、多くの人は「テスト何点だった?え、50点なんだ、ふ〜ん」と点数だけ聞いて肝心なものは聞かない。
ゆえに、どちらができる子なのか、多くの人は本質を見抜けない

合成界でも一緒である。
ちょっと得意気に「アンチエイリアス」を使っている人を見て「すごいですね」
細かい部分などを雑に描いてるのに「尊敬します」
ポケモン風とはかけはなれたドット絵を見て「表現力がすごいですね!」

他にもたくさんありますが、どれも本質を見抜いていないと私は思う。

ポケモンドットにアンチエイリアスは使わない。
アンチエイリアスを使わずに表現できることがすごい。

細かい部分にも細心の注意を払って丁寧に描く人がうまい。

ポケモン風ではない、自由に描けるドット絵なら誰にでも描ける。
逆にポケモン風にこだわったドット絵を描くのには高度な技術がいる。

繰り返すが私自身も本質を見抜いているのかわからないし、本質がなんなのかわからない。
(本質を見抜くというのは私が昔、ある人にだされた課題である。)
わからなくても、「あいつは本質を見抜いていない」と言えるようになってほしい。
ぱっと見ただけで「うまい」と思うのはやめてほしい。


 

 

 

 

 

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